シミュレーション:接触者追跡の効果 #1


参考動画: 人口1万人,移動頻度3%

作成: 令和2年11月16日, 編集: 11月18日, 創価大学理工学部 畝見達夫

個体ベース感染シミュレーションにより,接触者追跡に基づく接触者の検査が流行抑制に及ぼす効果を明らかにする。 現在の計算機環境で可能な規模を考え,ここでは人口4万人および9万人の集団についてシミュレーション実験を行う。

モデルの関連箇所

個体の移動は次の要素の組み合わせにより決定される。

  1. 衝突回避: 他の個体および世界の境界からの斥力。
  2. 個人的趣向: 他の好きな個体に向かう力。
  3. 集合: 確率的に発生する局所的な集会へ向かう力。
  4. 隔離: 検査結果が陽性だった場合の病院への移動。
  5. 退院: 隔離されていた個体が完治した場合の病院から復帰。
  6. 死亡: 死者の墓地への移動。
  7. 長距離移動: 確率的に任意の場所へ移動。

主に 1 の趣向や 3 の集会や 7 の長距離移動により,2個体間の距離が感染可能な距離以内に近づいた場合を、互いに接触したと定義する。 各個体に他者との接触履歴を記録する。 ただし,記録するか否かは接触者追跡パラメータで与えられる確率に従うものとする。 ここでは接触者を記録する1日当たりの確率を 捕捉率 と呼ぶことにする。 また,接触から14日を経過した記録は削除する。 この記録に基づき,ある個体の感染が判明した時点で,その個体との接触者にも検査を実施する。 このような接触者追跡が感染拡大の抑止に及ぼす効果に関係するシミュレーション実験を行い, 結果の統計的傾向についてまとめる。 モデルの概要については,こちら を参照されたい。

パラメータ設定

接触者追跡の捕捉率を 0-90% の範囲で 10%刻みで変化させた10とおりの値について, 各10回シミュレーションを実行し,感染者数の推移を記録する。 シミュレーション期間は,最長で200日間とし,それ以前に感染者がいなくなった場合は,そこで中止する。 詳細はモデル仕様の対策の節を参照されたい。

その他のパラメータを含めた既定値は下記の表のとおりである。

Parameters 画像を拡大するにはここをクリック

その他のパラメータは,かなり緩い対策がとられた状態である点にも注意されたい。

シミュレーション結果

つぎに示す左側の図は,全体の人口に占める感染者の割合の時間変化について,10回の試行の各ステップでの平均をとったものである。 4つのグラフ中,左側の2つは全体を表示したものであるが,捕捉率 40% 以上では,感染者数割合が低く,グラフでは見づらいので,縦軸の最大値を 1% としたグラフを右側の2つで示す。 この指標は陽性判明者数とは異なるので,現実に測定することが難しいという点には注意されたい。 右側の図には,ピーク時の感染者数,200日分実行後の累積感染者数,ピークの日付の平均値を示す。

人口に占める感染者の割合の時間変化 ピーク時と感染者数

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CSVデータ 人口4万人
CSVデータ 人口9万人

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CSVデータ 人口4万人
CSVデータ 人口9万人

人口規模に限らず,捕捉率 10% の接触者追跡を導入でピーク時感染者率が 1/3 程度に抑えられることから,対策として効果が大きいことが分かる。 4万人の場合で捕捉率 40%以上,9万人で 50%以上でピーク時感染率が1%を下回っている。 捕捉率が70%以上確保できれば,終息を早められることも見て取れる。 同時に捕捉率が40%から60%では,終息までの期間が非常に長くなることも見て取れる。

平均値による結果は,特に感染者数が多い場合では連続値を仮定した数理モデルに基づくものと同様の推移を示しているが,各シミュレーション過程を見ると,感染者数が少ない場合には,大きな揺らぎがある。 以下の図にすべてのシミュレーション過程を列挙する。

40,000 90,000

捕捉率が確保できない場合の効果の詳細を確認するため,捕捉率 1 - 9% の範囲で 1%間隔でのシミュレーション実験を行った。 下に,先に実施した 0% と 10% の場合も含めた感染率の時間変化と,ピーク時の感染者数,200日分実行後の累積感染者数,ピークの日付の平均値を示す。

人口に占める感染者の割合の時間変化 ピーク時と感染者数

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CSVデータ 人口4万人
CSVデータ 人口9万人

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CSVデータ 人口4万人
CSVデータ 人口9万人

0%から10%の区間で,捕捉率に対し感染者数が直線的に減少すると仮定したときの傾きを最小二乗法で求めると,人口9万人の場合,ピーク時感染者数では \(-2.85\) \((R^2=0.973)\) 200日目の累積感染者数では \(-2.29\) \((R^2=0.996)\) となる。

結論と考察

接触者追跡の捕捉率の変化に伴う感染拡大抑制への効果についてシミュレーション実験を行なった。 捕捉率が小さい場合は,感染拡大が早くなり SIR モデルと同様の傾向が観察された。 60%以上の捕捉率では感染率を抑制するだけでなく,終息を早くする効果も観察された。

実際の接触者追跡は,

などの方法がとられる。 感染者が航空機に搭乗していた場合などは,その乗客乗員名簿が入手可能なので,接触者を洗い出しやすいが,外食やイベントなどでは接触者として候補に挙げられるのは,同行した知人等や従業員程度の範囲に限られ,その他の接触者を見つけることは困難となる。 不特定多数間の接触を検知する目的で開発された接触確認アプリも,個人情報保護の観点から,日本では基本的に被接触者の自己申告に頼っており,さらに,携帯端末からは物理的距離と時間の情報は取得できるが,風通しやマスク着用の有無,発話の大きさと向きなどは検出が難しく,感染リスクが十分小さい場合でも記録される。 現実の捕捉率がどの程度なのかを正確に調べることも難しいと考えられるが,陽性判明者中の感染経路判明率が半数程度 1 あることを考えると,上で述べた終息を早めるために必要な60%以上の捕捉率を確保することは難しいかもしれない。

さらに,人同士の物理的な近接による感染だけではなく,共用物などものを介した接触感染については,さらに追跡は難しくなると考えられ,そのモデル化も今後の課題である。


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  1. 厚生労働省各都道府県における新型コロナウイルス感染症患者のうち感染経路が特定できない症例の発生状況