デルタ株下での感染対策#3

作成: 令和3年8月3日, 8月4日追加編集,創価大学理工学部 畝見達夫

SimEpidemic 個体ベース感染シミュレータ 技術文書

背景

東京では令和3年7月12日からの4度目の緊急事態宣言にもかかわらず, デルタ株の影響と思われる爆発的な感染拡大が発生し,週平均の陽性患者数が過去最高を更新し続けている。

高齢者の感染者数・重症者数は減少してはいるものの, ワクチン未接種の40〜50歳代の患者に重症化する場合が増え, 入院患者の増加により,医療逼迫が起きつつある。

シミュレーション

人口規模を 100万人に増やし,パラメータを デルタ株下での感染対策#2 と同様の設定とする。 ただし,デルタ株への置き換わりについては,東京都の陽性患者数の推移と一致するよう, 操作変数として,試行的なシミュレーションを通してシナリオを調整する。 現行のモデルによるシミュレーションの設定では,感染確率をほぼ100%にしても, 実データの実行再生産数に届かないため,感染距離を 3から4へ徐々に増加させることで, 適合するよう調整を行なった。

対策に特段の変更を適用しない場合

現状のまま,対策に特段の変更を適用しない場合についてのシミュレーション結果を下に示す。 64回の試行の平均値と標準偏差を表示したもので,上側が陽性患者数,下側が感染者数である。

9月下旬から10月上旬頃に感染者数が最大となり,その後は徐々に低下する。 ピーク時の陽性患者数は平均値で人口の 0.37% となっている。 東京都の人口に当てはめると約5万人に相当する。 ピーク時の感染者数は7.7%で,約13人に1人が感染ししている状態となる。 ワクチン接種者数が 70% に到達せず,途中から下降しているのは, 接種による感染予防効果が 100% ではなく, 接種済みにもかかわらず感染した個体を合計から差し引いているためである。

前回の緊急事態宣言時と同等の行動制限を適用した場合

8月5日から3日間かけて前回4月下旬に発令された緊急事態宣言のときと同等の行動制限を実現し, 8月末まで制限を持続した場合のシミュレーション結果を下に示す。

行動制限により感染の拡大速度は鈍るが,減少に転ずるまでには至らず, 制限解除後に急激な上昇により9月下旬から10月上旬ころに感染者数が最大となる。 解除後のリバウンドによりピーク時の感染者数は, 特段の制限変更を適用しない場合よりやや減るとはいえ,かなり大きな数になる。 ピーク時の陽性患者数は平均値で人口の 0.28%,感染者数は 5.7% となった。

下に,9月以降も同程度の行動制限を持続した場合のシミュレーション結果を示す。

この場合はピーク時は陽性患者数で 10月2日に 0.14%,感染者数で 10月4日に 3.0% となり, 8月末解除の半分程度になった。

ロックダウンに近い対策をとった場合

ロックダウンに近い対策として,8月5日から3日間をかけて集会頻度を 0 に, 移動頻度分布を [40,100,70] から [0,10,1] に縮小, Social Distancing の協力率を 80% に拡大し,そのまま持続すると仮定した場合のシミュレーション結果を下に示す。

制限から10日ほど遅れて感染者数に効果が現れ,徐々に減少するが, 11月下旬でもまだ感染者数は高いレベルが持続する。 減少に転じる直前のピーク値は,陽性患者数で 0.073%,感染者数で 1.42% ほどである。

結果から示唆されること

ある程度明らかになったデルタ株の感染力の強さをもとにシミュレーションをやり直した結果, 感染拡大の深刻さが示唆される結果となった。 今後特段の対策を講じなければ危機的な状況に陥る可能性がある。

前回4月下旬の緊急事態宣言時における行動制限と同等の制限を直ちに実施した場合には, 感染者の増加は鈍るものの減少にまでは至らない。 ワクチン効果が追いつくのは10月上旬頃で,行動制限を持続しても, ピーク時の陽性患者数と感染者数は, 東京都の人口に当てはめると,それぞれ約19,000人および480,000人ほどに到達することが示唆された。

ロックダウンに近い制限をかければ感染者数は10日後ころから減るが, ピーク時の陽性患者数と感染者数は, 東京都の人口に当てはめると,それぞれ約9,900人および193,000人ほどに到達することが示唆された。

下に上記4とおりの場合のピーク時の陽性患者数の人口比と日付の散布図を示す。

課題

ワクチン接種の進行とともに重症者数が減少すると期待される。 一方,デルタ株の感染力の強さと,ワクチンによる感染予防効果の変異株および経時的な劣化により, 陽性患者数は高いレベルのまま推移すると予想される。 出口戦略の1つとして,症状の有無に限らず感染者の隔離について,ある程度の緩和が必要となろう。 爆発的な感染拡大により,検査・治療設備および医療従事者数などを含む様々な資源が不足する事態も予想される。 医療逼迫への影響についての評価の参考となるよう,利用可能な資源の限界を加味しつつ, 入院患者数および重症者数について症状の基準に合わせた定量的な推移についてシミュレーションを可能とすべきであろう。