シミュレーション:長距離移動の影響 #1


参考動画: 人口1万人,移動頻度3%

作成: 令和2年10月14日, 編集: 10月22日, 創価大学理工学部 畝見達夫

個体ベース感染シミュレーション により,集団内での長距離移動の頻度と流行の相関関係を明らかにする。 現在の計算機環境で可能な規模を考え,ここでは人口4万人の集団についてシミュレーション実験を行う。

モデルの関連箇所

個体の移動は次の要素の組み合わせにより決定される。

  1. 衝突回避: 他の個体および世界の境界からの斥力。
  2. 個人的趣向: 他の好きな個体に向かう力。
  3. 集合: 確率的に発生する局所的な集会へ向かう力。
  4. 隔離: 検査結果が陽性だった場合の病院への移動。
  5. 退院: 隔離されていた個体が完治した場合の病院から復帰。
  6. 死亡: 死者の墓地への移動。
  7. 長距離移動: 確率的に任意の場所へ移動。

ここでは 7 の長距離移動の発生頻度が感染拡大の及ぼす影響に関係するシミュレーション実験を行い, 結果の統計的傾向についてまとめる。 移動関連以外の部分も含めたモデルの概要については, こちら を参照されたい。

パラメータ設定

移動頻度を 0-10% の範囲で 1%刻みで変化させた11とおりの値について, 各10回シミュレーションを実行し,感染者数の推移を記録する。 シミュレーション期間は,最長で200日間とし,それ以前に感染者がいなくなった場合は,そこで中止する。 なお,たとえば移動頻度 1% とは, 1,000人中,1日当たりに長距離移動をする個体の数が平均で10人という意味である。

移動頻度以外のパラメータを含めた既定値は下記の表のとおりである。

Parameters 画像を拡大するにはここをクリック

当然ながら,感染拡大に影響するパラメータは,長距離移動の頻度だけではない。 その他のパラメータは,かなり緩い対策がとられた状態である点にも注意されたい。

シミュレーション結果

移動頻度 0〜10%,200日間

感染数の推移について,移動頻度ごとステップごとに試行間の平均をとった結果を下に示す。 縦軸は横軸で表される各時点での感染者数の人口に対する割合である。 陽性数ではなく,現実では,この数の正確な把握が難しい点には注意されたい。

Average

10/15追加:下にピーク感染者数,200日間での感染者数の合計,および, ピーク時の日付の統計を示す。

Peak

移動頻度4%以上では,SIR モデル等のことばでいえば, 移動頻度の増加とともに実効再生産数も上昇する傾向が見て取れ, 移動頻度の増加が,感染拡大を早め,ピーク時の感染者数の増加を招き, その一方で終息も早めることが分かる。

平均的には連続値を前提にした数理モデルに近づくが, 個別の試行ケースでは,特に感染者数が比較的少ない状況では揺らぎがかなりの大きくなる。 以下に,各移動頻度についての全試行の感染数推移を示す。

Case00 Case01 Case02 Case03 Case04 Case05 Case06 Case07 Case08 Case09 Case10

上記の結果から,頻度が1%以下の場合も終息は早くなることが分かる。2%から4%では 200日では終息せず, 中には依然と増加する傾向にあるケースもみられる。

移動頻度 1〜4%,400日間

より詳細に見るため以下の追加シミュレーション実験を行なった。 移動頻度を 1-4% で 0.5%刻みの7とおりの値について,各20回シミュレーションを実行し,平均をとる。 シミュレーション期間を倍に延長し,最長で400日間とする。 さらに,獲得免疫の喪失による再感染を考慮しないこととするため, シミュレーション期間内に喪失が起きないよう免疫有効期間を最小で400日とした。 下の図は,20回の試行について推移の平均をとったものである。

Average2

10/15追加:下にピーク感染者数,200日目および400日目での感染者数の合計,および, ピーク時の日付の統計を示す。

Peak2

ゆらぎは大きいものの,頻度1%では感染者数も少なく終息も早いが, 1.5%から3%では,終息まで期間を要する傾向が見て取れる。 3.5%や4%でも,同様に終息が遅くなる場合が見られる。

Case010 Case015 Case020 Case025 Case030 Case035 Case040

集団規模(人口)による効果

移動頻度が小さい場合に終息が早くなる現象について集団サイズによる影響を確認するため, 同様のシミュレーションを人口が10,000人と90,000人の場合について実施した。 下に感染者数が最大となった日付の平均を示す。

PeakC

グラフから分かるように,人口10,000人では移動頻度5%付近で最大となるが, 40,000人では4%,90,000人では3%と,集団サイズが大きくなるほど当該現象が起きる条件となる 最大頻度が小さくなり,同じ移動頻度でも集団サイズが大きいと終息時期が遅くなる傾向が見て取れる。

(10/22 追加) パラメータ設定の節にあるとおり,移動距離の設定は世界の広さに対する比になっている。 また人口密度の条件を一定とするため,人口9万人のシミュレーションでは世界の1辺の距離が 4万人の場合の 1.5 倍になっている。 移動距離の影響を調べるため,人口9万人の設定で,移動距離を変えた場合のシミュレーション実験を行なった。 下に感染者数推移の平均を示す。

Average90K

移動距離30が元の設定と同じものである。20で人口4万人,10で人口1万人の場合と同じ移動距離分布となる。 移動距離0は,移動頻度0%の場合と同じである。 下にピーク時の感染者数,200日目におけるのべ感染者数,ピークの日付の平均と標準偏差を 移動距離別にまとめたグラフを示す。

Peak90K

これらのグラフが示すとおり,移動距離を人口1万人の場合と同じにしても, 感染者数の推移にはほとんど影響がなく,移動距離の制限により感染を抑制するには, 移動距離をさらに短くする必要があることが分かる。

結論と考察

集団内での長距離移動の頻度の変化に伴う感染拡大の推移への影響についてシミュレーション実験を行なった。 頻度が高く,感染拡大が早い場合は SIR モデルと同様の傾向が観察された。 移動を極端に抑制した状態でも,速やかな終息が見られたが, ここでは頻度2〜4%の範囲で,終息が極端に遅くなる場合が観察された。

人口が4万人の集団での結果を中心に検討したが,1万人と9万人の結果との比較から, 集団が大きくなるほど SIR モデルに近くなることも分かった。 つまり,大きな集団では移動の抑制を強くした場合でも終息せず流行期間が延び続ける。 限られた人口の集団内では,感染者の割合が理論上0にならなくても人数として0となる確率が高くなり, その時点で終息となる。 人口が少ない場合,強い抑制のもとでの早い終息は,この効果によるものと推測される。 同じ移動頻度でも,地域を分割するなど移動範囲を区域化し,区域間での移動を十分抑制できれば, 区域内の移動がある程度頻繁であったとしても当該効果によって終息が早まることを期待できよう。

使用したパラメータの値は,新型コロナウイルスおよびそれに伴う肺炎についての医学的知見に基づくものと, 設計者の直感によるものが混在しており,特に人同士の接触機会に関連する移動のモデルについては, 特定の地域や生活様式に基づくものではない。上で得られた指標の絶対値を意味のあるものにするためには, 対象とする地域および生活様式を限定し,現実のデータに即したパラメータを設定する必要がある。 すなわち,ここで得られた結果は, 関連する条件とそこから現れる現象の関係をある抽象レベルで把握するには有効だが, 予測や最適対策の立案には,より現実に即したモデル化が必要となる。

経済活動に限らず,豊かな社会生活を確保するには,適度な長距離移動は不可欠であろう。 長距離移動の頻度を適度に抑制しつつも,人々の集合や接触時の感染確率を低く抑える努力との組み合わせにより, 移動による感染拡大を抑制することは今後も重要であると考えられる。


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