オミクロン株流行からの出口戦略#1

作成: 令和4年2月15日,修正 2月18日,創価大学理工学部 畝見達夫

SimEpidemic 個体ベース感染シミュレータ 技術文書

背景

オミクロン株が全国で急拡大し,新規陽性患者数だけでなく,死亡者数も最大数を更新した。 東京などに適用されたまん延防止等重点措置が3月6日まで延期された。 週平均の陽性患者数は東京などでは2月10日頃から減少に転じたが, 検査や病床の逼迫は続いており,陽性率も上昇の傾向にある。 先に拡大した沖縄では徐々に陽性患者数が減少しているが,昨夏のデルタ株の流行のときとは異なり, 急速な減少は起きず,下がり方が緩やかである。

欧米でもいくつかの国ではオミクロン株の流行による陽性患者数が急速に減少しているが, これらの国々では3回目ワクチン接種が人口の40%程度あるいはそれ以上を達成しており, 我が国でも3回目接種の加速が急がれている。

集会モデルの拡張

これまでのモデルでは,集会の場所は人口密度に合わせてランダムに選んでいたが, 人と人を繋ぐ感染ネットワークのスモールワールド性の程度を調整できるよう集会場所の設定を以下のように拡張した。 世界の初期状態において人口密度分布に応じて固定の集会場所をランダムに決められた個数分決定し記録しておく。 集会場所を選ぶときにランダムな位置か固定位置かをパラメータに従って確率的に決め, ランダムなら既存の方法で人口密度分布に応じて座標を決め, 固定なら初期に記録された複数の位置からランダムに選ぶ。 ランダム位置を選ぶ確率が 0 であれば,固定位置でのみ集会が行われ, 各個体について異なる集会への参加の機会が減る。 固定の集会場所の数が十分少なければ,いつも同じ集会に参加することとなり, 結果として集団がサブグループに分断された状況が生み出される。

現実社会では,平日はランダムな位置での集会は少なく, 週末や長期休暇の期間では,ランダム位置での集会が増えると考えるのが自然であろう。 不要不急あるいは遠くへの外出を控えるような行動抑制は, 同様にランダム位置での集会の頻度を減らすと考えられる。

シミュレーション

先の報告 で用いたパラメータ設定を, 最新動向に合うよう一部再調整を行い,検査数の上限について複数の仮定を置いたシミュレーションを実施する。 行動制限の期間を1月21日から45日間とする。 重症者数の推移からオミクロン株の毒性をデルタ株の 15% とし, 1日当りの検査数の上限を人口の 0.18, 0.20, 0.22% の場合の3とおりについてシミュレーションを実行する。 2月9日までの128とおりの試行の中から, 東京都の陽性患者数推移に近い8試行を抽出し,それぞれに16とおり,合計128とおりの試行を実行し, 平均と標準偏差について分析する。

新規陽性患者数の推移

東京都をモデルとした新規陽性患者数の推移を下に示す。 細い折れ線はパラメータとして設定した集会頻度の推移,破線は平均±標準偏差である。 細い線は1回目のワクチン接種からの接種効果を維持している個体の人口に対する率の推移であり, 値は右側の目盛りに相当する。

7月4日〜4月末。

12月1日〜4月末。

検査数の上限に達すると,既存の検査による方法による陽性患者の判別が十分行えず, 報告数と実際の乖離が大きくなる。 陽性患者数のピークは,ほぼ検査数上限に検査の感度を乗じた値となる。 終息の場面では,積み残し分の検査結果が報告に加算されるため, 見た目は終息がやや遅く,しかし急速に減少する。 検査キットの不足による場合は在庫バッファが影響するため, 立ち上がりが少々緩やかで,早めのピークから在庫切れまでは緩やかに減少すると思われる。

隔離患者数の推移

自宅療養等も含めた隔離患者数の推移を以下に示す。

症状が出たにもかかわらず検査を受けられず,症状により療養を余儀なくされる患者が多数生じることが示唆される。

実感染者数の推移

症状の有無および検査にかかわらない,実際の感染者の数の推移を以下に示す。

検査数の影響はないとは言えないものの,ほとんど差がないことが示唆される。 ピークの時期は検査能力にかかわらず3月5日頃で 14.51±0.25% である。

市中感染者数の推移

偽陰性あるいは検査を受けられず,隔離扱いにならない無発症感染者の数の推移を以下に示す。

重症患者数の推移

以下に重症患者数の推移を示す。

これらは陽性と判定された患者数であり,検査数の不足により判定できず症状が進んだ患者は含まれていない。 実際には,症状が重くなれば判定の有無に関わらず治療を行うことになる。

結果から示唆されること

直近の状況を踏まえたパラメータの見直しと一部モデルの拡張を行い, 検査能力の規模の違いの影響についての場合の分析を行なった。 3月6日の行動宣言解除では感染者数は減っても,重症者数が増加する可能性が示唆された。 検査数が不十分な場合,把握されない感染者が増え,重症化に対する適切な治療を逃す可能性が増す。

課題

シミュレーションでは検査や対策に必要な資源の払底が全体で一気に起きている。 より現実に近づけるには,在庫の分散によるゆるやかな影響をモデル化することが必要である。 ここでは検査対象に擬症状患者を入れていないため, シミュレーションで設定した検査数は,実際の検査数より小さい。 擬症状の被検査者数を推定し,実績の検査数に基づいた分析が必要である。