ワクチン接種の優先順(人口密度優先)

作成: 令和3年3月14日, 創価大学理工学部 畝見達夫

SimEpidemic 個体ベース感染シミュレータ 技術文書

背景

ワクチン接種#3 および ワクチン接種の優先順#1のシミュレーションでは, 接種の優先順位として個体の行動の活発さを取り上げ, 活発な人を優先する方が抑制効果が大きいことを示した。

ここでは,人口密集地域を優先する場合と, 均等に実施する場合の効果の違いについてシミュレーションにより確認する。 人口密集地域ほど感染拡大が早く,規模も大きく,かつ,終息が遅い傾向があることから, そのような地域の接種を優先する方が効果が大きいとの仮説が成り立つが, その程度を考えるヒントを得たい。

これまでの設定では,シミュレーション対象の地域内では人口密度は均質なものと仮定していた。 新たに中央ほど密集するよう,個体の分布を指定する機能を追加した。 個体は領域内を移動するため,そのままでは徐々に人口密度が均質な状態へ遷移する。 これを避けるため,各個体に居住位置を割り当て,1日の1/3を夜間と見立てて, 昼間は従前の設定と同様,自由に動き回るが,夜間は居住位置へ戻る行動をとる機能を追加した。

シミュレーション

パラメータは,ワクチン接種#3 とほぼ同じ設定を用いる。 ただし,変更した人口の分布の影響を相殺するため,いくつかのパラメータを以下のように調整した。

パラメータ名
世界の大きさ 3,000 4,266
2月末の集会頻度 2.5% 3%

この設定を用い,ワクチン接種の順序について,中央の密集地域を優先する場合と, 優先順位をつけずランダムな順序で接種した場合を比較する。 緊急事態宣言が3月21日に解除され,その後の集会頻度が 4%, 5%, 6%, 8% の場合について, ワクチン接種が4月1日,5月1日,6月1日に開始されたとして, それぞれ,1日あたりの接種数を人口の 0.1%, 0.2%, 0.4%, 0.6% の4とおりについて 各40回のシミュレーションを実施する。

下に代表的な例として,解除後の集会頻度 5%,ワクチン接種開始5月1日の場合の陽性判明者数の推移の平均を示す。 実線が中央優先,破線は無作為な順序で接種した場合である。 下段の図は感染者数の推移である。

明らかに中央を優先した方がピーク時の感染者数を少なく抑え,終息も早くなることが分かる。 特に終息時期については,接種速度による差が小さくなり, 1日あたり人口の0.2%程度の速さでも,効果を発揮できることが示されている。

以下に全ての場合を示す。

集会頻度 4% の場合(2月末の1.33倍,年末の14.8%)

推移4月1日接種開始5月1日開始6月1日開始
陽性判明者数


感染者数


集会頻度 5% の場合(2月末の1.67倍,年末の18.5%)

推移4月1日接種開始5月1日開始6月1日開始
陽性判明者数


感染者数


集会頻度 6% の場合(2月末の2倍,年末の22.2%)

推移4月1日接種開始5月1日開始6月1日開始
陽性判明者数


感染者数


集会頻度 8% の場合(2月末の2.67倍,年末の28.6%)

推移4月1日接種開始5月1日開始6月1日開始
陽性判明者数


感染者数


結果から示唆されること

ワクチン接種に必要な資源,特にワクチン自体の供給が隘路となる場合, 人口密集地域を優先する方策が効果的と思われる。 これをシミュレーションにおいても再現されることを確認した。

結果からは,優先順位を適切に選択すれば, 接種速度が遅くてもある程度の効果が見込めることが示唆される。

シミュレーション設定の課題

居住位置を導入し,夜間に帰宅する機能を付けたが, 長距離移動により居住位置を遠く離れた個体については, 今の設定では,夜間に出先から長距離移動をする場合にだけ帰宅するようになっており, 長距離移動の頻度がある程度あると個体の分布が徐々に均質化する方向へ向かう。 長距離移動後の帰宅確率について再考する必要がある。

2月末以降は集会頻度が 3% から変化しないことを前提に, 3月10日までの東京都の陽性判明者数推移を用いて, パラメータ調整を行なったが,その後の現実の推移はほぼ一定の状態となっており, 集会頻度が 4% 程度まで上昇している状態に匹敵するものと考えられる。 現実との乖離を小さくするためには,これを踏まえたパラメータ調整をやり直す必要がある。 ここで用いたパラメータ調整による推移と東京都の推移を重ねた図を下に示す。 3月21日以降は,各集会頻度について40回の試行の平均である。