オミクロン株の急拡大と検査能力の上限

作成: 令和4年2月1日,創価大学理工学部 畝見達夫

SimEpidemic 個体ベース感染シミュレータ 技術文書

背景

オミクロン株が全国で急拡大し, 1月21日までにまん延防止等重点措置が適用された1都15県に加え, 1月27日からは大阪などの1道2府15県にも適用が開始され、合計で34都道府県が対象となった。 新規患者の増加により,一部の検査キットの不足や処理の遅れが発生し, 既存の検査方法による陽性確認によらず,感染を認める必要も迫られている。

シミュレーション

先の報告 で用いたパラメータ設定を, 最新動向に合うよう一部再調整を行い,さらに, 必要な検査数を確保できない場合についてのシミュレーションを可能とするよう, ソフトウェアを拡張し,検査数の上限について複数の仮定を置いたシミュレーションを実施する。 行動制限の期間を1月21日から24日間とする。 オミクロン株の毒性をデルタ株の 8, 12, 16% の3通りとし,それぞれについて, 1日当りの検査数の上限を人口の 0.2, 0.4, 0.6, 0.8% および上限のない場合の計5とおりについてシミュレーションを実行する。 1月24日までの128とおりの試行の中から, 東京都の陽性患者数推移に近い8試行を抽出し,それぞれに16とおり,合計128とおりの試行を実行し, 平均と標準偏差について分析する。

処理しきれない検査要請は先送りにされる。ただし, 遅れが検査要請から7日以上になった場合は,待たずに検査対象から外すものとする。 真の感染者に対する検査の割合は,疑い患者の数にも依存するが, ここでは擬感染者は検査対象としないものと仮定する。

新規陽性患者数の推移

オミクロン株の毒性をデルタの12% と仮定した場合の,東京都をモデルとした新規陽性患者数の推移を下に示す。 細い折れ線はパラメータとして設定した集会頻度の推移,破線は平均±標準偏差である。 細い線は1回目のワクチン接種からの接種効果を維持している個体の人口に対する率の推移であり, 値は右側の目盛りに相当する。

7月4日以降分。縦軸の上限を8月のピーク時の2倍とした場合。

1月1日以降分。

検査数の上限に達すると,既存の検査による方法による陽性患者の判別が十分行えず, 報告数と実際の乖離が大きくなる。 陽性患者数のピークは,ほぼ検査数上限に検査の感度を乗じた値となる。 終息の場面では,積み残し分の検査結果が報告に加算されるため, 見た目は終息がやや遅く,しかし急速に減少する。 検査キットの不足による場合は在庫バッファが影響するため, 立ち上がりが少々緩やかで,早めのピークから在庫切れまでは緩やかに減少すると思われる。

隔離患者数の推移

自宅療養等も含めた隔離患者数の推移を以下に示す。

症状が出たにもかかわらず検査を受けられず,症状により療養を余儀なくされる患者が多数生じることが示唆される。

実感染者数の推移

症状の有無および検査にかかわらない,実際の感染者の数の推移を以下に示す。

検査数の影響はないとは言えないものの,ほとんど差がないことが示唆される。

市中感染者数の推移

偽陰性あるいは検査を受けられず,隔離扱いにならない無発症感染者の数の推移を以下に示す。

検査数の不足により捕捉されない無症状患者が増えると考えられるが, ピークは検査数が十分な場合が 2月20日頃に 10.1±0.2%, 1日当り検査数上限が人口の 0.2% の場合が 2月21日頃に 11.6±0.3% という程度の差である。

中等症および重症患者数の推移

上ではオミクロン株の毒性がデルタ株の 12% の場合についの結果を示したが, 8% および 16% の場合も含めたシミュレーションも実施した。以下に中等症患者数の推移を示す。

以下に重症患者数の推移を示す。

これらは陽性と判定された患者数であり,検査数の不足により判定できず症状が進んだ患者は含まれていない。 実際には,症状が重くなれば判定の有無に関わらず治療を行うことになる。

結果から示唆されること

今回のシミュレーションでは,検査能力の上限を超えた場合の見た目の感染者数推移について分析を行なった。 実際の感染者数からの乖離が発生し, 検査で陽性が判明せずとも入院治療が必要な中等症以上の患者の発生が示唆された。 実感染者数の推移からは,これらの検査漏れが実際の感染拡大に及ぼす影響はそれほど大きくはなく, 検査によらず症状に基づいた医師の判断により適切な治療を施すことが必要となろう。

課題

ここで用いたマルチエージェントモデルでは, 患者の隔離により集会に参加する未感染者が増え, 隔離が感染拡大の原因となる場合が発生する。 これは例えばある事業所や家庭で,ある構成員が隔離されたために, 他の構成員が感染リスクの高い集会に参加するようになるといった場面に対応するが, 学校や職場などでは隔離により欠席者が出たからといって,代わりの出席者が現れるわけではないので, 集会参加のモデルについて見直しが必要である。

症状が出た患者は自主療養に移るものと考え,集会参加や移動の活発さが急激に減るものとしてはいるが, 検査で陽性が判明しない限り隔離を行わない設定となっている。 検査によらず症状により隔離の判断をする場合についてもモデルに組み込む必要がある。

デルタ株が流行した 2021年8月の入院患者数推移の分析から, 新たに承認された治療薬の効果が全体としてはさほど効いていないことが示唆されたため, ここでも治療効果をその程度に設定した。 しかし,経口薬等の特別承認や,既存の承認薬の効果的な使用法についての知見の蓄積により, 今後はその効果が現れてくることが期待され, それに応じたシミュレーション設定の随時更新が必要であろう。