デルタ株の影響#1

作成: 令和3年6月27日, 創価大学理工学部 畝見達夫

SimEpidemic 個体ベース感染シミュレータ 技術文書

背景

令和3年6月21日に沖縄を除き緊急事態宣言が解除され,東京,大阪など大都市圏の都府県は まん延防止重点措置へ移行した。 多くの道府県では引き続き感染者数の減少がみられるが, 東京では6月22日以降,陽性判明者数の週平均が増加する傾向が見られ, 感染力が従来株の2倍以上とも言われるデルタ株の増加とともに,今後の感染者数の上昇が懸念される。 6月27日現在,半数程度の観客を入れての開催が計画されているオリンピックを7月下旬に控え, デルタ株の拡大を前提にした対策を考える必要がある。

シミュレーション

人口規模 64万人について,人口分布を含めたのパラメータ設定を 都議会議員選挙およびオリンピック・パラリンピックの影響 と同様の設定で,今後想定される集会頻度や対策と感染状況の関係についてのシミュレーションを行う。 モデルと現実の乖離を縮めるため,感染による獲得免疫の強さについて拡張を行った。 詳細は SimEpidemic モデル仕様 ver. 1.8.5: 発症機序の節 を参照のこと。 デルタ株については,ワクチン未接種の未感染者が感染者と接触した際の1日あたり感染確率を, 従来株で50%,アルファ株で75%としたところをデルタ株で86%と仮定し, 6月8日から20日間でほぼ置き換わるものと仮定する。 6月24日までの陽性判明者数の週平均値の推移と適合するよう, 主に集会頻度のパラメータの推移を調整し,その継続としてその後のシナリオを設定する。 具体的には,64回のシミュレーションをもとに週平均の平均値が実態と比較的一致するよう パラメータの推移を調整したシナリオを作成した。 なお,長期のシミュレーションによる無用なゆらぎ,特に終息による中断の影響を避けるため, 2020年12月22日から2021年5月15日までのシミュレーションを128回試行し, 実態との2乗誤差が小さい方から8試行を選択し, それらいずれかの継続プロセスとして5月16日以降のシミュレーションを実行する。

6月27日時点では,東京などに採られているまん延防止重点措置を7月11日に解除する予定となっているが, 解除を延長した場合,また,緊急事態宣言に戻した場合についてのシミュレーションも行う。

6月24日以降のシナリオについては,集会頻度等の催し物等に伴う増加の見積もりについて, 楽観的なシナリオと悲観的なシナリオの2種類を仮定する。 ワクチン接種の進行に伴う出口戦略の参考となるよう, どちらの場合もパラリンピックが閉幕する9月4日以降は徐々に規制を緩めるものとし, 11月末には平常に戻るシナリオを仮定する。

以下に悲観的なシナリオに基づくシミュレーション結果示す。上が陽性判明者数,下が感染者数の推移である。 シナリオとして設定した集会頻度の推移を灰色で示してある。

6月24日現在の上昇傾向がほぼそのまま続き, 特段の対策を講じなければ8月下旬には本年1月のピークを越える結果となっている。

下に楽観的シナリオに基づくシミュレーション結果と共に5月16日以降の推移を示す。

陽性判明者数の週平均感染者数
楽観的
悲観的

医療の逼迫を回避するには,まん延防止重点措置の解除延期,あるいは,再度の緊急事態宣言が必要かもしれない。

まん延防止重点措置を7月19日まで延期した場合

まん延防止重点措置の解除を7月19日とした場合のシミュレーション結果を下に示す。

陽性判明者数の週平均感染者数
楽観的
悲観的

まん延防止重点措置を7月26日まで延期した場合

まん延防止重点措置の解除を7月19日とした場合のシミュレーション結果を下に示す。

陽性判明者数の週平均感染者数
楽観的
悲観的

緊急事態宣言を7月5日〜8月9日とした場合

7月5日に緊急事態宣言に移行し,8月9日に解除した場合のシミュレーション結果を下に示す。

陽性判明者数の週平均感染者数
楽観的
悲観的

緊急事態宣言を7月5日〜8月23日とした場合

宣言解除を8月23日とした場合のシミュレーション結果を下に示す。

陽性判明者数の週平均感染者数
楽観的
悲観的

デルタ株の拡大がない場合(参考)

以下に比較のため,デルタ株の拡大がない場合のシミュレーション結果を示す。

陽性判明者数の週平均感染者数
楽観的
悲観的

先の第3回目緊急事態宣言の解除戦略 で示したシミュレーション結果と同様の推移,つまり, デルタ株の拡大がなく,かつ楽観的シナリオが実現されれば, 段階的な行動規制の緩和により医療逼迫を避けつつ終息へ向かえる可能性があったと見なせる結果になっている。

結果から示唆されること

感染拡大が懸念されるデルタ株について,感染力が約2倍になると仮定したシミュレーションを行った。 予定の通り7月11日にまん延防止重点措置を解除した場合,感染は拡大を続け,8月には本年1月のピークと 同様の医療逼迫が起きる可能性が示唆された。

6月現在とられているまん延防止重点措置による行動制限では,解除を延期しても拡大を抑制する効果は 不十分であり,緊急事態宣言など,より強い行動制限を伴う対策が必要となることが示唆れる。

個別の接触者間の感染確率を減らす様々な対策の強化が望まれる。

課題

ここでは.デルタ株の感染力や行動制限解除後の集会頻度などについて,やや悲観的な設定を用いた。 感染力については英国やイスラエルなどワクチン接種がすでに進んでいる地域での感染拡大の例から, 新たな知見が報告されつつあり,それらを踏まえてシミュレーションをやり直すことで, より実効性の高い対策への示唆を得られるものと考えられる。 例えば BMJの報告書 では,デルタ株の家庭における感染性はアルファ株の60%増しとされている。