デルタ株の影響#2

作成: 令和3年7月4日, 編集: 7月12日, 創価大学理工学部 畝見達夫

SimEpidemic 個体ベース感染シミュレータ 技術文書

背景

東京では令和3年6月21日に緊急事態宣言からまん延防止重点措置へ移行したが, 6月22日以降,陽性判明者数の週平均が増加する傾向が見られ, 感染力が従来株の2倍以上とも言われるデルタ株による感染拡大の速度にワクチン接種が追いつかず, 今後も何度かの行動制限を伴う対策が必要となる可能性がある。 今後取りうる対策として,ワクチン接種の加速と接種優先順位の見直し等が考えられる。

また,各自治体でのワクチン接種に加え,大規模接種センターや職域接種により, 当初目標の1日100万接種を上回り,6月末には想定で150万以上の接種が実施されるようになった。

シミュレーション

人口規模 64万人について,人口分布を含めたのパラメータ設定を デルタ株の影響#1 と同様の設定で,今後想定される集会頻度について悲観的シナリオを採用する。 ただし,英国からのBMJの報告書 に基づき,デルタ株の感染力をアルファ株の60%増しと考え, ワクチン未接種の未感染者が感染者と接触した際の1日あたり感染確率を 84.375%とし, 6月8日から20日間でほぼ置き換わるものと仮定する。 それに伴いワクチン接種による最大感染抑止効果が 90% から 83% へ下がるものと仮定する。 6月24日までの陽性判明者数の週平均値の推移と適合するよう, 主に集会頻度のパラメータの推移を調整し,その継続としてその後のシナリオを設定する。 具体的には,64回のシミュレーションをもとに週平均の平均値が実態と比較的一致するよう パラメータの推移を調整したシナリオを作成した。 なお,長期のシミュレーションによる無用なゆらぎ,特に終息による中断の影響を避けるため, 2020年12月22日から2021年5月15日までのシミュレーションを128回試行し, 実態との2乗誤差が小さい方から8試行を選択し, それらいずれかの継続プロセスとして5月16日以降のシミュレーションを実行する。

ワクチン接種については,大規模接種センターでの64歳以下を対象とした接種が始まった6月18日から 2週間をかけて1日あたり1回目接種数を徐々に 0.4% から 0.6% に上げ, そのままの速度を維持するシナリオと, 7月12日から1週間をかけて元の目標速度である 0.4% に戻るシナリオ,さらに 0.8% または 1.0% に加速するシナリオを試みる。 さらに,7月12日以降は ワクチン接種の優先順 #1 で示した 「不活発な人を優先」から「活発な人を優先」に切り替えるものとする。

6月27日時点では,東京などに採られているまん延防止重点措置を7月11日に解除する予定となっているが, 解除を延長した場合,また,緊急事態宣言に戻した場合についてのシミュレーションも行う。

以下に接種速度1日 0.6% (1回目) を維持するシナリオに基づくシミュレーション結果示す。 上が陽性判明者数,下が感染者数の推移である。 シナリオとして設定した集会頻度の推移を灰色で示してある。

6月24日以降の上昇傾向がほぼそのまま続き, 特段の対策を講じなければ8月中旬には本年5月のピークを越える結果となっている。

下に接種速度が 0.4% に戻った場合,および 0.8%,1.0% に上げた場合のシミュレーション結果と共に5月16日以降の推移を示す。

接種速度を上げると9月以降の感染を早めに抑えられることが読み取れる。 また,接種速度が1日 0.4% に戻った場合は,9月下旬に1日の陽性判明者数が人口の1万分の1程度にまで到達する結果となった。

まん延防止重点措置を7月25日まで延期した場合

まん延防止重点措置の解除を7月26日とした場合のシミュレーション結果を下に示す。

オリンピック開幕直後から感染者数を多少減少させる効果が見られ,9月以降の感染もやや早めにに抑えられるが, 効果は十分とはいえない。

緊急事態宣言を7月12日〜8月9日とした場合

7月12日に緊急事態宣言に移行し,8月9日に解除した場合のシミュレーション結果を下に示す。

オリンピック開幕後に宣言の効果が現れ始め,感染者数は減少するが,接種速度が遅いと解除後のリバウンドが大きくなる。

緊急事態宣言を7月12日〜8月23日とした場合

宣言解除を8月23日とした場合のシミュレーション結果を下に示す。

期間が長い分,感染者数を抑制する効果は増すが,終息には届かず,上記の 8月9日解除の場合とほぼ同様のリバウンドが発生する。

ワクチン接種優先順位を変更しない場合(参考)

以下に比較のため,ワクチン接種優先順を「不活発な人を優先」のまま維持した場合のシミュレーション結果を示す。

優先順を「活発な人を優先」にした場合よりピーク時の感染者数は多くなる。

ワクチン接種優先順位をランダムな順に変更した場合(参考)

以下に比較のため,ワクチン接種優先順を「ランダム」な順に変更した場合のシミュレーション結果を示す。

ピーク時の感染者数は「活発な人を優先」<「ランダム」<「不活発な人を優先」の順に多くなる。

結果から示唆されること

感染拡大が懸念されるデルタ株について,感染力を1.6倍に修正したシミュレーションを行った。 予定通り7月11日にまん延防止重点措置を解除した場合,感染は拡大を続け, 9月には本年1月のピークに近いの医療逼迫が起きる可能性が示唆された。

現在とられているまん延防止重点措置による行動制限では,解除を延期しても拡大を抑制する効果は 不十分であり,緊急事態宣言など,より強い行動制限を伴う対策が必要となることが示唆される。

課題

9月以降の制限解除について11月までに平常に戻すシナリオを試みたが, 上記のシミュレーション結果では,年内の終息は困難な結果となった。 モデル設定上,不明な点として,今後の集会頻度の予想とともに, 接種後に感染した場合や,感染から快復後にワクチン接種した場合の免疫効果が挙げられる。 これらがどの程度影響するか明らかではないが,現実との乖離を縮めるためのモデルの一部見直しも必要であろう。

ワクチン接種の優先順の見直しは,感染終息と重症化抑止の選択に関わる。 ここで用いた現状のシミュレータでは重症化患者数を現実的な数値で抽出することが難しい。 説得力のある指標を提示するには,重症度や入院期間などについての統計的モデルの導入が必要である。