偏りが緩慢な人口分布でのワクチン接種戦略

作成: 令和3年4月3日, 編集: 4月4日, 創価大学理工学部 畝見達夫

SimEpidemic 個体ベース感染シミュレータ 技術文書

背景

これまでに実施した ワクチン接種の優先順(人口密度優先) では, 人口密度の高い中央から接種を開始すると終息が早まる結果が得られた。一方, 偏りが分散的な人口分布でのワクチン接種戦略 のシミュレーションでは,感染拡大に比べ接種が遅い場合に人口密度優先が逆効果となる結果が得られた。 ここから,接種の優先順の局所性がなんらかの影響を及ぼした可能性が考えられる。

ここでは,先の2種類の異なる設定の中間として, 偏りが緩慢な人口分布を設定し,同様に複数の接種戦略の間での抑止効果を見るためのシミュレーションを実施する。 新たに用意した人口分布を前回のものとともに下に示す。

分散的 (前回)緩慢 (今回)
n = 512, γ = 2 n = 200, γ = 3

分布パターンの生成方法の詳細は 人口分布の与え方と分布の生成 を参照されたい。

シミュレーション

人口規模を 64万人に拡大し,人口分布以外のパラメータについては 偏りが分散的な人口分布でのワクチン接種戦略 と同様の設定で, 令和2年12月中旬からの東京都の陽性判明者数の推移に適応するようパラメータ調整を再度おこなった。 ここでは,その設定を用いる。新たなパラメータでは宣言解除時点での集会頻度は 1.5% である。 ワクチンを接種しない場合の推移は以下のようになる。

5月中旬がピークとなり,多少上下はあるもののその後徐々に減少に向かう傾向は先のシミュレーションと同じであるが,ピークの高さはより高くなった。 これは,初期に行った 移動の影響 #1 や, 集会の影響 #1 で明らかとなった人口規模による影響と推察される。

ワクチン接種の順序については,

  1. 優先順位をつけずランダムな順序で接種した場合,
  2. 行動が活発な個体を優先する場合,
  3. 人口密度の高い地域を優先する場合.
  4. ランダムに加え,追跡接種を行う場合

の4とおりについて試みる。 緊急事態宣言が3月21日に解除され,その後の集会頻度が,そのまま維持, 1.5倍, 2倍 の各場合について, ワクチン接種が5月1日に開始されたとして, それぞれ,1日あたりの接種数を人口の 0.2%, 0.4% の2とおりのそれぞれに, 接種率が 80% と 60% の場合について, 各40回のシミュレーションを実施する。 1日当たりの接種数は接種率にかかわらず一定であるものと仮定する。

下に代表的な例として,解除後の集会頻度 1.5倍, 1日当たり 0.2% 接種,接種率 60% 場合の陽性判明者数の推移の平均を示す。 下段の図は感染者数の推移である。

ランダム,追跡接種,活発さ優先,密集地優先の順に効果が向上している。

解除後も集会頻度が変わらない場合は以下のようになる。

この仮定のもとでは,活発さ優先と密集地優先は上と同様に優位であるが, 追跡接種についてはランダムとの差が小さい。

以下にその他の場合を示す。

解除時の集会頻度が維持された場合

接種速度1日あたり人口の 0.2%1日あたり人口の 0.4%
接種率80%60%80%60%
陽性判明者数
感染者数

集会頻度が解除時の1.5倍の場合

接種速度1日あたり人口の 0.2%1日あたり人口の 0.4%
接種率80%60%80%60%
陽性判明者数
感染者数

集会頻度が解除時の2倍の場合

接種速度1日あたり人口の 0.2%1日あたり人口の 0.4%
接種率80%60%80%60%
陽性判明者数
感染者数

結果から示唆されること

密集地域が緩慢に配置された人口分布を用いて,ワクチン接種戦略の違いによる効果を調べるシミュレーションを行った。 ワクチン接種の優先順(人口密度優先) で示されたほどではないが, この設定でも人口密集地優先にある程度の効果があることが示された。 活発さ優先は ワクチン接種の優先順(行動の活発さ優先) および 偏りが分散的な人口分布でのワクチン接種戦略 で示されたのと同様に 効果が確認された。 追跡接種については,その他の戦略に比べ優位な効果がみられなかったが, 接触者の捕捉率,接種速度,感染拡大の速度の3要素が絡んでくるため, これら関する様々なケースについてシミュレーションを実施する必要があろう。